こんにちは。ゆめピアノ教室のいしごうおかです。
低学年みりちゃんのママさんからご相談を受けていました。
やる気のある子で、よく練習してきます。
ママさんからのご相談をずっと受けてきて、少し私が気がかりだったことがありました。
みりちゃんは、自分の意志に従ってピアノに向かっているのだろうか。
こどもは、親の期待を目で、耳で、肌で感じ、その期待に応えようとします。
自分の子どもの頃、また、私に期待されたけれど応えられなかったと本人が感じている、
今はピアノを弾くことをやめてしまったおねえちゃんのことを思い・・・。
みりちゃんが「ママさん主導」でピアノに向かっていないだろうかということを恐れたのです。
ママさんの体調が悪いので、いつも付き添いをされているけれどみりちゃんがひとりでレッスンを受けた日がありました。
いつもママさんがいると「はい」「わかりました」という受け答えのこの子は、
私と二人だと
「うん、そう」
「わかった~」
「できた~」
という、実に子どもらしい受け答えでした。
そして、教材で使っている本の仕上げでは、目がキラキラと輝いていました。
その次のレッスンで、ママさんから
「時間があるときは、前に弾いて仕上げた曲も何度も何度も、弾いているんです」
というお話を聞き、ああ、心配するまでもなかったかな、と、胸を撫で下ろしました。
未来にどうなるかはわかりません。
少なくとも今は、みりちゃんは自発的に弾きたいと考えて練習に向かっている。
練習を「やらされるもの」「やらなければならないこと」と捉えると苦しくなってしまうけど、「上手になりたいから」「アノ曲が弾きたい」「できると楽しい」という気持ちで捉えると、苦痛ではなくなるのですね。
と、書いたものの。
私にとって、ピアノの練習は やらなければならないもの、です。
ほかの先生が、練習するのが楽しくって、なんてフェイスブックに書いているのを見ると
ものすごく落ち込みますし、うらやましいなあ、と思います。